福井県若狭町の熊川宿若狭美術館に9~10月、3人の現代美術家が12日間にわたり滞在し、作品制作に取り組んだ。制作現場は公開され、多くの鑑賞者が立ち会った。若狭の風土という場に臨んだ作家。創作の場に臨み、作家と緊張感を共有した鑑賞者。「場に臨む」すなわち「臨場」をテーマに掲げた「熊川宿若狭芸術祭」をリポートする。
◆脈拍
午前10時、美術館に現れた男性が自動血圧計で脈拍を測り始めた。コンセプチュアルアートの第一人者で筑波大名誉教授の河口龍夫さん(83)だ。
1分間のルーティンを終え、絵筆を握る。点々模様が描かれた100号のキャンバスに油絵の具で点を描き足す。点の数は脈拍数。脈の数や間隔、強さが日々変わるように点の数や色、筆圧は日ごと異なる。次は銅の皿にハスの種を脈拍の数だけ載せ、蜜蝋(みつろう)をかけて固める。最後に脈拍の数のこよりを和紙で編む。
黙々と制作を進める姿を見守る来場者。作業の合間に投げかけられる「なぜ脈拍数なのか」の問いに「若狭の地に臨場し、今ここに生きるとはどういうことか。心臓の鼓動、すなわち脈拍と考えました」と応じる河口さん。作家の生の言葉で理解を補った来場者が納得の表情を浮かべた。
千葉の自宅では平均70の脈拍数が、ここでは80超という。「競技場でスタートラインに立つ陸上選手のように“ハイ”の状態」。視線にさらされる環境が作家に刺激を与えていた。
◆社会風景
すぐそばでは若狭町の現代美術家、長谷光城さん(80)がスタッフや来場者と協力し、拡大した同町の地図上に長さ十センチ前後の厚紙のパーツを貼り重ねていた。
厚紙1枚は一定の住民数を表し、人口が多いと枚数が増える。年齢層が高くなるほど厚紙サイズは大きい。下層の高齢者から上層の若者へと重ねると、少子高齢社会なのでピラミッド状になる。長谷さんが「社会風景」と呼ぶ、人口構造を可視化した造形作品。
「現代美術には根拠(コンセプト)がある」と考える長谷さんは、「臨場」企画の監修者でもある。「鑑賞者がアートの真ん中に身を置き、作品を分かることで芸術を近くに感じてほしい」と意図を語る。
◆言語化
河口さんのルーティンを横目に、自ら撮った写真に水滴を垂らしていたのは、福島を拠点とする現代美術家の大山里奈さん(39)。水は若狭町で採取した湧き水や湖水や海水。写真は水の採取地を写したもの。
水滴で被写体がにじみ、原形をとどめなくなる過程を大山さんは「人が名付けた『○○の水』という固有名詞を取る」と言い表す。液体という一般名詞になった物質の循環を表すインスタレーション。「説明するのは難しいが、言語化のスペシャリストがいるので心強いです」
慶応大アート・センター教授で美術評論家の渡部葉子さん(62)のことだ。3人の制作過程を観察して批評し、解説者として作家と来場者をつなぐ。「美術を自分ごとに捉えてくれる、よき鑑賞者を育てたい」と話す。
公開制作は終わり、完成作の展覧会が熊川宿若狭美術館で20日まで開催中(火~木曜休館)。「作品が作家の手を離れて自立し、自ら語り出す。作家の言葉で弁護できない領域」と河口さん。自由に想像の翼を広げて見てほしいという。
(※福井新聞社提供。無断転載を禁止します。記事に関するお問い合わせは福井新聞社へ。)