
福井県敦賀市立博物館の特別展「天下人と敦賀~信長・秀吉・家康が求めた港町」が11月29日まで同博物館で開かれている。戦国時代から江戸時代初めにかけて軍事や物流の要地であり続けた敦賀の歩みを、書状や合戦図屏風(びょうぶ)など史料約70点をもとに解説している。
特別展は1~3階の全館を活用。1階は織田信長と朝倉氏の攻防、2階は豊臣秀吉の下で発展する港町、3階は徳川家康による支配確立を中心に構成した。階を上がりながら、時代とともに変化する敦賀の役割をたどることができる。
1階では、敦賀市内の西福寺や立石区などが所蔵する書状や朱印状を並べた。越前一向一揆に対抗するため、信長は地元の武藤氏だけでなく重臣の不破光治を敦賀支配に関わらせたことなどを紹介している。
秀吉は、大坂城や伏見城の普請にあたって、諸大名に命じて東北地方をはじめ各地から木材を集めさせた。これらの木材は敦賀に運び込まれ、上方へ送られたという。2階の展示では、輸送を担った高嶋屋や川舟座といった敦賀の有力商人について紹介している。
結城秀康が死去した直後、秀康の家臣の殉死が相次いだことを受け、殉死を禁じた家康の黒印状では越前について「肝要之地」と語られている。3階の展示では、家康や秀康が越前、敦賀を交通や通信の要衝として重視していたことをうかがわせる史料を展示した。
北村太智学芸員は「敦賀の戦国史は金ケ崎の退き口(信長の撤退戦)で終わるわけではない。朝倉氏滅亡後も秀吉の天下統一、関ケ原の戦い、家康・結城秀康の江戸初期に至るまで、敦賀が政治・軍事・物流の最前線として天下人たちに不可欠な港町であり続けた様子を多くの人に知ってもらいたい」と話していた。
入館料300円。開館は午前9時~午後5時。月曜休館。学芸員によるギャラリートークが10月25日と11月15日に開かれるほか、勝山城博物館の西野右京学芸員による「賤ケ岳合戦図屏風を深掘る」と題したスペシャルギャラリートークが11月8日に開かれる。
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