• 【入念に】JA福井県の共同選果場で、傷の有無などを確認する。ここから出荷されたものだけが「福井梅」を名乗ることができる=若狭町成出
  • 【丁寧に】次々と収穫される梅=若狭町田井
  • 【続々と】福井梅を求め多くの人が訪れるJA福井県梅の里開館=若狭町成出
  • 【船こいで】交通の便が悪かった明治・大正時代、福井梅を載せた小舟が出ていた船小屋=三方湖畔
【入念に】JA福井県の共同選果場で、傷の有無などを確認する。ここから出荷されたものだけが「福井梅」を名乗ることができる=若狭町成出

 福井県三方上中郡若狭町が県内出荷量の約8割を占める福井梅。戦時中は重要軍需品として舞鶴海軍に納入されるなど重宝され、戦後は高収入をもたらす「青いダイヤ」と呼ばれた。代々受け継がれてきた“宝石”は今も住民に愛されている。

 江戸時代の天保年間(1830~44年)発祥とされ明治時代に栽培が本格化。三方湖畔に今も残る船小屋から、小船をこぎ荷車を押して港町敦賀に梅が運ばれていた。昭和中期に生産量千トンを超え、現在も600~千トンが栽培されている。

 同町成出の梅共同選果場から出荷されたものだけが福井梅と呼ばれ、いずれも県特有の4品種がある。主力の「紅映(べにさし)」はぽってり肉厚でうまみが強く大人気。皇室に献上されるほか、大相撲優勝力士に贈られる逸品だ。

 6月は収穫や店頭販売などで若狭町が活気づく。今年からJA福井県敦賀美方梅生産部会長を務める男性は「今年も高品質の実ができた。ぜひ味わってほしい」と誇らしげに話した。

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