• ついた餅をきね棒で高々と掲げる男衆=1日、敦賀市刀根区公会堂
  • つき上がった餅を運ぶ渕上隆信市長(左)ら=1日、敦賀市刀根区公会堂
  • つき上がった餅を取り合う女性たち=1日、敦賀市刀根区公会堂
  • つき上がった餅の形を整える男衆=1日、敦賀市刀根区公会堂
  • ついた餅をきね棒で高々と掲げる男衆=1日、敦賀市刀根区公会堂
ついた餅をきね棒で高々と掲げる男衆=1日、敦賀市刀根区公会堂

 敦賀市刀根で400年以上続くとされる伝統行事「みやあげ」が1日、同区内であり、着物にたすきを掛けた男衆が長さ約1・5メートルのきね棒で威勢良く餅をつき、高々と掲げて五穀豊穣(ほうじょう)を願った。

 仲哀天皇が敦賀を訪れた際、牛車の牛が倒れて急きょ刀根に滞在し、住民が餅を献上して喜ばれたという言い伝えにちなんで始まったといわれる。今も同区の気比神社の例大祭として営まれ、市の無形民俗文化財に指定されている。

 午前5時半、区内を回る太鼓の音を合図に、男衆らが次々と公会堂に集まった。この日は約30キロのもち米を用意。きね棒を手に臼を囲み、蒸し上がったもち米が入れられると、歌に合わせて、力を込めてついていった。

 歌の合間に「よーい、よい」の掛け声とともに、きね棒に付いた餅を高々と掲げた。つき上がった餅は、「牛の舌」と呼ばれる形に整えた。きね棒に付いたまま運ばれた餅を、区の女性らが取り合う場面もあった。

 餅つきの後、子どもたちらが加わって、杖(つえ)や御幣、お神酒などを手に行列をつくり、神社に餅を奉納した。

 今年のみやあげを取り仕切る「もっとり」役の代表、森下克己さん(76)は「区外に出た人も集まり、住民のつながりが深まる。末永く続けていきたい」と話していた。

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